専門家コラム
Expert Column

2022年10月1日「改正プロバイダ責任制限法」が施行されました。
昨今、SNS等での誹謗中傷の問題が後を絶たず、痛ましい事件に繋がってしまうこともありましたが、今回の改正・施行はこの様な社会的問題の解決を図ろうとするものです。
従来は第4条までしか無い法律でしたが、改正により第18条まで条文が設けられるなど、大幅な改正が行われました。

ポイントは、インターネット上の誹謗中傷などによる権利侵害に関して、従来の開示請求手続きに加え、「発信者(投稿者)情報開示」について新たな裁判手続(※非訟手続)を創設したことで、より円滑に被害者救済が図られるということです。

非訟手続というのは、訴訟手続に比べて簡易な手続きにより裁判所が「決定」を下す手続きになりますが、改正プロバイダ責任制限法において、非訟手続として新たに加えられたのが、「発信者情報開示命令」「提供命令」「消去禁止命令」というもので、これらの手続きで最も実務上影響を受けるのが、SNS、電子掲示板などのユーザー投稿型サービスを提供するコンテンツプロバイダです。

以下、少し詳しく触れていきます。

誹謗中傷の投稿者特定の「従来からの」手続き

まず、従来からの開示請求手続がどうなっているか、おさらいします。
個人情報保護との関係から、権利侵害の被害者から、投稿者の情報に関する開示請求を受けたプロバイダが、任意で開示に応じる例は非常に少ない為、開示請求手続は裁判によることが殆どです。

尚、プロバイダ責任制限法に規定されている、発信者(投稿者)特定ルートは、①IPアドレスルート、②電話番号ルート、③CP(コンテンツプロバイダ)利用者ルート、④サーバ契約者ルートの4ルートが想定されていますが、最もスタンダードな特定ルートでこれまで用いられて来たルートの大半が①IPアドレスルートです。
このコラムでの説明はIPアドレスルートを前提に進めます。
また、プロバイダ責任制限法において、権利侵害の加害者側は「発信者」と規定されていますが、このパートでは分かり易く「投稿者」と言い換えて進めて行きます。

従来から採られて来たスタンダードな開示請求手続は以下の通りです。

  1. SNS等を運営する「コンテンツプロバイダ」への仮処分の申立て
    • コンテンツプロバイダに対して訴訟手続により仮処分の申立てを行い、投稿者のIPアドレス、タイムスタンプの開示を要求します。

  2. 通信会社等の「アクセスプロバイダ」への訴訟提起
    • アクセスプロバイダに対し訴訟を提起して、投稿者の氏名・住所の開示を請求
    • 併せて当該情報に関する消去禁止の仮処分の申立てを行います。

  3. 投稿者(加害者)に対する損害賠償請求訴訟提起
    • 被害者から投稿者に対し訴訟を提起して、損害賠償請求を行います。

この様に、加害者(投稿者)の特定まで計2回、損害賠償請求も含めると計3回の裁判手続が必要になるというのが、従来からの規定です。(改正後もこの手続きは継続されています。)

誹謗中傷の投稿者特定の「新たな」手続き

今回の法改正により、従来の手続きに加え、「発信者情報開示命令事件に関する裁判手続」という規定が新設され、加害者(投稿者)の特定を1つの裁判手続で行うことが可能になりました。
この制度は、根幹となる①「発信者情報開示命令」、と付随的な②「提供命令」、③「消去禁止命令」によって組み立てられています。
※ここからは発信者という法律上の用語を使いますが、投稿者を意味しています。

被害者がこれらの命令を裁判所に申し立てることにより、裁判所が行う命令は下記の通りとなります。

  1. 発信者情報開示命令
    • 被害者(申立人)が裁判所にコンテンツプロバイダに対する発信者に関する情報開示命令を発令します。

  2. 提供命令
    • コンテンツプロバイダが保有する発信者情報から特定したアクセスプロバイダの名称等を申立人に提供する制度です。
    • 加えて、申立人が提供命令により明らかになったアクセスプロバイダに対しても開示命令の申立てを行い、この申立てをコンテンツプロバイダに通知した場合、提供命令の効力により、コンテンツプロバイダはアクセスプロバイダいに対して、コンテンツプロバイダが保有する発信者情報を提供することが求められます。

  3. 消去禁止命令
    • 開示命令事件の審理中に発信者情報が消去されることを防ぐための命令で、開示命令の申立人が、消去禁止命令を申立てることにより、アクセスプロバイダに対してアクセスプロバイダが保有する発信者情報の消去禁止を求めることになります。

出典元:総務省「発信者情報開示の在り方に関する研究会 最終とりまとめ」

これにより、発信者情報開示命令の申立てという1つの裁判手続(非訟手続)の中で、早期に発信者(投稿者)を特定し、より円滑に被害者の権利回復が図られることになります。

ログイン時情報の開示請求も可能に

もう一つ、大きな改正ポイントがあります。
発信者(投稿者)特定の為に、ログイン情報等(「特定発信者情報」といいます。)の開示を求めることが出来るようになったことです。

詳細は割愛しますが、従来は開示請求できる発信者情報の範囲に、ログイン時情報は含まれておらず、開示請求が可能か否か、裁判所の判断も分かれていました。
これは、SNSサービスなどのログイン型サービスにおいて、単なるログイン時の情報は、権利侵害投稿に係る発信者情報には該当しないことによるものですが、投稿時点のIPアドレスやタイムスタンプのログを記録・保管せずに、ログイン時情報しか保有していないサービスが増えたことから、発信者(投稿者)特定が困難になる例が多くなっていました。

今回の改正では、ログイン型サービスにおけるログイン時通信等を指す概念として「侵害関連情報」という情報類型を設け、専ら侵害関連通信にかかる発信者情報(ログイン時情報)を「特定発信者情報」として新しく定義づけ、「特定発信者情報の開示請求権」が制度化されました。
尚、特定発信者情報は特別ルールとして、請求の要件が加重されています。

事業者に求められる実務はどう変わるか

冒頭に触れた通り、最も影響を受けるのが、SNS、電子掲示板などのユーザー投稿型サービスを運営するコンテンツプロバイダです。

具体的には、「発信者情報開示命令」の付随的処分として、「提供命令」が創設されたことによります。
提供命令により、コンテンツプロバイダの対応が必要になると想定されるのは、

などの対応となりますが、従来の手続きでは、仮処分に対し投稿者のIPアドレス、タイムスタンプを開示することで足りていたのに対して、実務的な負担は非常に大きくなります。

プライバシーポリシーにどう定めるか

このような開示命令、提供命令等への対応については、プライバシーポリシーに第三者提供を行う場合として「法令に基づく場合」としておけば一応の対応は出来ているとも言えますが、提供するサービスの形態や扱う情報の量と質によっては更に具体的に定める必要性もあります。
既に第三者提供を行う場合として「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(プロバイダ責任制限法)第4条(発信者情報の開示請求等)に基づく開示請求の要件が充足された場合。」という形で、他の法令とともに具体的に定める例も多くなっています。